エイドリアン・ルイス(Adrian Lewis)の愛称は Jackpot(ジャックポット)。由来は2005年、ラスベガスのマシンでした。大当たりを引いたのに、20歳でアメリカのギャンブル年齢21歳に届かず、1セントも受け取れなかったのです。その6年後に初の世界タイトルを取り、翌年には連覇。エイドリアン・ルイスの愛称 Jackpot の由来と、2度の世界王者のキャリアをまとめました。
エイドリアン・ルイスとは:フィル・テイラーの弟分
エイドリアン・ルイスは1985年1月21日生まれ、イングランドのストーク・オン・トレント(Stoke-on-Trent)出身。16回の世界王者フィル・テイラーと同郷で、テイラーは彼の師匠にあたり、2人は長く一緒に練習してきました。2011年の英ガーディアン紙のインタビューでは、テレビ中継の大会にいくつか出場が決まってから初めてテイラーに会い、「それから話すようになって、一緒に練習を始めた」と語っています。
愛称 Jackpot の由来:ラスベガスで大当たり、でも受け取れず
2005年、ルイスは Las Vegas Desert Classic に出るためラスベガスへ。2009年に地元紙ラスベガス・サンに語ったところでは、MGMグランドで5ドルのマシンを回していると「ライオンが3つそろった」。「固まったよ」。ライトが点滅し、上の赤いブザーが鳴り出しました。金額は本人の記憶で「7万2600ドルくらい」。
問題は、彼がまだ20歳だったこと。アメリカのカジノの法定年齢は21歳です。警備員は実際にプレーしていたのが彼本人だと確認すると、未成年だから受け取れないと告げ、彼がマシンに入れた数百ドルも戻ってきませんでした。ガーディアン紙には「当時はまだ20歳。あの金額があればストークで家が買えた。でも、そのあと取り返したよ」と話しています。お金は手に入らなかったけれど、一生使える愛称が残りました。ほかの選手の愛称の話はダーツ選手の愛称の由来でどうぞ。
2011年、2012年と世界選手権を連覇
2011年のPDC世界選手権決勝で、ルイスはゲイリー・アンダーソンを7-5で破って初の世界タイトルを獲得。この試合では世界選手権決勝史上初の9ダーツも決めています(詳しくは9ダーツの歴史で)。翌2012年1月2日、アレクサンドラ・パレスでの決勝ではアンディ・ハミルトンを7-3で下して連覇。フィル・テイラーに次いで、PDC世界選手権を2年連続で制した2人目の選手になりました。2016年には3度目の決勝に進みましたが、アンダーソンに5-7で敗れています。
テイラーと組んでワールドカップ4度優勝
師弟はのちにチームメイトになります。ルイスとテイラーはイングランド代表としてワールドカップ・オブ・ダーツに出場し、2012年、2013年、2015年、2016年と4度優勝。2016年の決勝ではマイケル・ヴァン・ガーウェン、レイモンド・ファン・バルネフェルト組のオランダを3-2で破りました。
2016年、ベルファストでの1レグ
2016年4月14日、プレミアリーグは北アイルランド・ベルファストの SSE Arena へ。ルイスはジェームス・ウェイド相手に9ダーツを決め、試合も7-5で勝ちました。10年後、同じ街で再び9ダーツが生まれます。決めたのは地元のジョシュ・ロック。ジョシュ・ロック、ベルファストの夜もあわせてどうぞ。
エイドリアン・ルイスの今
2023年4月、ルイスはプロツアーからの休養を発表。20年以上戦ってきたので少し離れたい、という理由でした。2024年末にはPDCツアーカードを失っています。2025年8月、MODUS の国際ペア戦でスティーブ・ビートンと組んで復帰。そして2026年9月、フィル・テイラーが現役復帰し、11月の MODUS 国際ペア戦で再びルイスと組むことが発表されました。
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